忙しくなって気づいたら一年経ようとしている。
専らやることづくめなのが悪いが、そのなかで懐古厨みたいな思考回路になったので、その発露について考えてみる。
Ⅰ. 新規に触れる機会が減った
忙しくなると、情報接触機会が減る。そうなると、新規のものが何であるかを知る時間が減る。新規のものを取り入れる前にカロリーの低い既存のものを摂取するようになる。だから自分だけ流行の時間が止まる。
Ⅱ. 流行りは流転する
流行りは繰り返す。ファッションや文化はわずかに形を変えつつも周期的に繰り返されるのだ。必然的に流行りの曲なども形式が繰り返される。
例: ABC → A’B’C’の順に繰り返される。
流行を追い続けている人間にとってみれば、そのリズムは変質しながら繰り返されているが、Ⅰに挙げた人間は時間がAで止まったままであったりする。そのまま偶々流行りに触れたタイミングがA’の時期ならば、BCの期間含めいまだにAのオマージュをAの時代から続けているような、陳腐化された流行に感ぜられるだろう。懐古厨の誕生はこれではなかろうか。
では、懐古厨の誕生について理解したうえで、どのようにして懐古厨から逸脱するのか。
...しらんよ。
終
ⓃⒽⓀ
とはいえ、答えを投げて終わるのもなんなのでここに5つの解決策を提示する。
甲. 新しいものに触れ続ける
シンプルかつ近道の手法。それができれば苦労しないというのはダイエットと同じだろうか。無論、時間がないために起こるこちらの方が現実味の度合いで言えばやや低いものだが。
乙. 人から聞く
合理的解決策。常に新しいものに触れている人間への委託を意味する。この手法にも問題があり、「その人間が懐古厨に陥った場合/陥っている可能性」について常に憂慮すべきである。
丙. 雑誌
合理的解決策そのニ。早い話流行にうるさいものに触れていれば自ずから目にするものだ。しかし、商売物である以上偏向的であったり、事実とは異なる可能性がある。あと、発行までの時間がかかるのでシンプルに遅い。先見の明が問われる。
丁. 巷の会話
有効な手段。流行り廃りがあるなら、その話題を直接耳にすればよい、かつて商品を作りたければ女子高生から聞けというような話もあった。もちろん、これは打ち出の小槌というわけでもない。人によっては変わった趣味の話題ばかりをしているかもしれないし地域によって話題が変わりうる(インターネットにより均質化されつつあるとは思うが)。なによりインタビューを行うのでもなければ、話が出てくるとも限らない。
戊. 流行を作る
ゴールになれば追う必要はない、追われるだけなのだから。
…あんた化け物か何か?
以上